京都 八坂神社

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京都 八坂神社に行ってきました。

最寄り駅は京都 京阪電車「祇園四条」駅。

四条通りという京都一の繁華街がら近いこともあり、いつも賑わっています。

祭神はスサノオノミコト でも明治以前は違った?

 主祭神はスサノオノミコト。さらにスサノオノミコトの妻のクシイナダヒメノミコト、その8人の子どもたちが祀られています。

 でも実はこの八坂神社、明治時代の神仏分離令が出るまでは、主祭神は「牛頭天王(ごずてんのう)」をはじめとする3柱の神だったです。(神様は1柱、2柱と数えます。)

 「牛頭天王」は神仏習合神で祇園精舎を守護すると言われていて、日本ではスサノオノミコトと同一神とされていたんですね。さらにいうと明治元年の神仏分離令が出るまではまでは八坂は「祇園社」と呼ばれていたんですね。

 祇園精舎を守護する「牛頭天王」、それを祀る場所だから「祇園社」というわけです。

 ですので、八坂神社の御朱印は「祇園社」です。

 なんていうか私はこのことから、八坂神社の「自分たちは祇園社なんだ。」という意思表明を感じるんですよね。みなさんどう思われるでしょうか?

「牛頭天王」と「蘇民将来」そして「疫神社」

 「牛頭天王」に関連したもので「蘇民将来(そみんしょうらい)伝説」というものがあります。

 「牛頭天王」が嫁探しの旅をしている途中、宿を借りようとしたのですが、巨旦将来という人物が裕福であるにもかかわらず、宿を貸しませんでした。しかしその兄の蘇民将来が貧しいながらも宿を貸し、心を込めたもてなしをしたのです。
 牛頭天王は蘇民将来に「茅の輪を身に着けておけば、お前の一家は厄災から逃れられる」と言い残して立ち去りました。
 やがて牛頭天王は、妻を娶って帰る途中、茅の輪をつけた蘇民将来の家族だけを残して、巨旦将来一族を根絶やしにしたというのです。(蘇民将来の娘だけが生き残り、子孫が絶えることがなかったという話になってる説話もあるそうです。)
 ちょっと怖い話ですね。笑

 まだコロナが流行る前、私は数年ぶりに38度を超える熱が出て、もちろん普通に医者にも行ったのですが、熱が出てる間「我、蘇民将来の子孫なり」とつぶやいてました。
 コロナ以降現在まで、八坂神社に行ったときはここに真剣におまいりしてます。インフルエンザも含めて感染症にかかることのないようにと。(ちなみに私、コロナと診断されたことありません。)

 みなさんも八坂神社にいったらぜひここはお参りしてほしいと思います。(信じる信じないはおまかせします。)

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この記事を書いた人

はじめまして。神社仏閣巡りが好きな50代です。会社をセミリタイアし、現在第二の人生を模索中。資産運用と神社仏閣巡りについて投稿していきたいと思います。「パワースポット巡りと資産運用をつなげてみよう」というちょっと変わったテーマでブログを書いてます。

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